6月12日月曜日


 
金曜日午後、学校から帰ってきた長男と
父ちゃんの2泊3日の男二人旅。
旅の移動距離は往復で約1800キロ。
 
旅は距離でありませんが
片道900キロも移動すると
その土地の気温や空気や体感するものや
目にするものが
あきらかにいつもとは違います。
 
旅は非日常です。
はじめて訪れる場所であればなおさら驚きの連続。
旅で出会う人たち。
そこでの経験。
すべてが血となり肉になります。
なにより、自分の物差しが変わります。
旅を終えた長男は
疲れきっていましたが目は輝いていました。
 
お疲れ気味に父ちゃん。
更新がとても遅くなりました。
 
 
  
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月13日火曜日


 
陶芸家の河井寛次郎さんが
随筆のなかでこのようなことを書かれています。
 
 
仕事が暮らし
暮らしが仕事
 
切つてはいけないものを切つたので出た血。
人は今此の血を出して居る。
然しこれは自分達が切らなくても
よいのに切つたので出たといふ事が
わかると此の出血はとまる。
 
 
仕事と暮らしはつながっているのではなくて
すべて同じ空間にあるんだよ。
 
僕のくだらない解釈はやめておきます。
仕事だとか暮らしとか
それぞれがそれぞれに
考えるのにいいかもしれません。

 
  
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月14日水曜日


 
君看双眼色
不語似無憂
 
きみみよそうがんのいろ
かたらざればうれいなきににたり
 
この眼をみてください。
何も語らなければ
何の憂いもないようにみえるでしょう。
 
相田みつをさんはこの句について
このようにを記されています。
 
憂いがないのではありません
悲しみがないのでもありません
語らないだけなんです
語れないほどふかい憂いだからです
語れないほど重い悲しみだからです
人にいくら説明したって
全くわかってもらえないから
語ることをやめて
じっと こらえているんです
 

此看注意板
不訊似有憂
 
一軒の角に置かれた
看板をみてください。
何もたずねなくても
主の憂いがわかるでしょう。
オシッコによる錆びを防ぐために
わざわざステンレスで製作しています。
これだけでも十分に主の思いが伝わってきます。
この看板は深く語っているのです。
  
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月15日木曜日


 
好みいうのは誰にもある。
たとえば色の好み。
 
色の好みは
着るものや写真一枚撮るにもあらわれる。
色の好みも人それぞれ。
自分の色の好み。
このルーツはどこにあるのかと
その問いをずぅーとアタマのどこかに置いていた。
 
問いの答えは5年くらいまえに
アタマの中に突然あらわれた。
 
「モネの睡蓮」
 
中学生のときに美術部に在籍していた。
なぜか美術部にいた。
そして美術部でたずねた倉敷の大原美術館。
ここで出会ったモネの睡蓮。
睡蓮の色彩に導かれるように
20代30代と時間ができればモネの睡蓮に
会いにいった。
 
僕の色の好みは「モネの睡蓮」だっのだ。
そのルーツは倉敷の大原美術館。
いつか、パリのオランジュリー美術館で
自然光がふりそそぐ展示室で「モネの睡蓮」8点を
観てみたいのだ。
 
 
  
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月16日金曜日


 
昨夜の夕食後のこと。
ひとりブロックで遊ぶ4歳のやまと。
なにかを夢中でつくっている。
よく見ると、小さな声で
何度も何度もつぶやいている。
気になって、そっと近づいてみた。
 
やまとのつぶやきを聴いて合点がいきました。
 
数日前、やまとと父ちゃんは一緒に
ブロックで病院をつくりました。
でもなかなか、思うような病院ができないので
やまとはブロックを放り投げたりします。
 
そこで父ちゃんはいいました。
魔法のコトバをやまとくんにだけ授けよう。
この魔法のコトバをつぶやけば
どんなことでもできるから。
そのときに授けた魔法のコトバを
やまとはブロックをつくりながら
つぶやいていたのです。
 
「ぜったいできる」
「ぜったいできる」
「ぜったいできる」
 
 
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月17日土曜日


 
 
「渦中(かちゅう)」
〔うずまきのなかの意〕
事件・もめごとなどのごたごた。
新明解国語辞典より
 
神戸に住んでるころは
鳴門の渦潮をよく見にいったものです。
大潮のときの渦潮は絶景です。
 
鳴門海峡の潮の流れが日本でも最強に速いことと
海底の地形が急に深くなったりと
地形が変化に富んでることが
あの絶景を生んでるようです。
 
日常のなかでも、もがいてももがいても
バタバタしても、にっちもさっちもいかない
どうにもならないときがあります。
まさに渦の中にいる状態です。
でも毎日が大潮じゃないように
いつか静かにおさまるときが必ず訪れます。
 
でも、もがいた時間、バタバタした時間を
すごすことで必ず学べることがあります。
それもあとになって気づくのです。
この気づきは渦潮を眺めてるだけでは
決して学べないことなのですから。
 
 
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく
 



 

 

6月18日日曜日


 
 
どんな言葉をかけられたら一番うれしいかな?
と子どもたちにたずねてみた。
 
「天才だ!」は長男(10)
 
「ありがとう!」は長女(8)
 
「カッコイイ!」は次男(4)
 
うれしいと感じるのはカラダのどこなんだろう。
少なくとも頭で理解して頭が感じているのとは
ちと違うような。
どちらかというと、言葉をそのまま
カラダや肌で受けとって
それを喜びに変換してる感じかな。
 
子どもたちの答える様子をみていると
生まれる前から
僕らのカラダのなかには
言葉を喜びに変換する変換器が
埋め込まれているんじゃないかなとさえ思うのだ。
その変換器のおかげで綿々と
命がつながってきたんじゃないでしょうかね。
 
今日は「父の日」
次男のやまとが朝起きてきて
「とうちゃん、いつもありがと」だって。
うれしいですね。
 
今日もごきげんな一日を。
 

はげっち。
web版読書のすすめの管理人のじょうとく