9月4日月曜日


 
子どもたちの名前をよく間違える。
親なのにこんなに間違うかというぐらいに間違える。

長男の「ちから~」と呼んだつもりが 
次男の「やまと~」となってしまう。
子どもが3人いるから、長女の「さくら」を
呼ぶつもりが3番目になってしまうときもある。
ここまでになると、さすがに「オレ大丈夫か!?」と
心配になってくる。
かみさんもときどき間違えるから
夫婦そろって「老化か?!」とさらに心配になってくる。

それについてネットで検索して驚いた。
いたいた。
いるいる。
親が子どもの名前を間違ってしまう人たちが。
なかには飼っている犬の名前で
子どもを呼んでしまう人たちまでいる。

すると、米国の大学での研究結果が検索ででてきた。
米国でも家族の名前の呼び間違えがあるようで
親しいほどそうなるらしくて
ペットのなかでも犬は特別な存在で
家族の名前と間違えることもあるとか。

・・とこれを読みながら
一瞬安心しかけたけど違う違う。

子どもたちの名前を

間違わないことが一番ですから。
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月5日火曜日


 
人からいわれても
素直に受け入れられないことがある。
近しい間柄ならなおのことある。
決まって耳の痛い話になるからだ。

同じ耳の痛い話でも、
本の一行だから
素直に耳を傾けられる。

これが本の魔法だ。

 
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月6日水曜日


 
「比」って漢字は、ふたりの人が座っていて
手と足を伸ばしながら、ひとりがもうひとりの
背中ばかりを見つめているさまだ。

 
 
人は自分にはないものばかりが気になって
気づかぬうちになにかとくらべてしまう。

だからこそ、毎日やってみる。

今、あるものを数える。
そして、くらべない。

 
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月7日木曜日


 
「ごめんなさい」

子どもたちの成長をみていると
ある時期から、わずかこの6文字が
口からでづらくなります。
その表情をみていると、どうも恥ずかしさのようです。

「ありがとう」

この5文字もなかなかコトバになって
口からでづらくなります。

では、子どもが成長して大人になると
この二つのコトバが言えるようになるのかというと
なかなかそうとはなりません。

「探偵!ナイトスクープ」を見てたら
結婚6年目のお子さんが

お二人いらっしゃるお母さんが依頼者。
結婚してから一度も「ありがとう」が夫に言えない。
夫に「ありがとう」を言いたいとの依頼内容。
最後は涙ながらに初めて「ありがとう」と言えました。
言われたお父さんも涙でボロボロです。
探偵の真栄田健さん(スリムクラブ)からその後の報告が。
そのときの両親の様子を見ていた5才のお兄ちゃんが
とてもうれしかったようで、何度もお母さんに
「あのコトバ言って!」とお願いするんだとか。

「ありがとう」の5文字は言われたら、うれしい。
「ごめんなさい」の6文字は、互いの仲直りのスタートライン。

 
子どもたちから教わることばかり。 
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月8日金曜日


 
他人に叱られた最初の記憶。
僕を叱ったのはシスターだ。
そう、教会のシスター。
通ってた幼稚園がカトリック系だった。
なんの悪さをしたのか覚えてないが
メガネをかけたシスターに怖い顔でこういわれた。

「バチがあたりますよ!」

バチ(罰)の意味を知らないから
「バチ」を「バッジ」と勘違いして
バッチがもらえると思ってえらくうれしかった。

その次に叱られた記憶が近所の銭湯でだ。
顔見知りのおじさんが頭を洗っていたので
何を考えたか、背中にお湯を突然かけたのだ。
「コラぁー」と銭湯に響き渡る声で怒鳴られた。

他人に叱られること。
いくつになっても他人に叱ってもらえる人。
それも大切かもと
ふと、そんなことを思う9月8日でした。

 
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月9日土曜日


 
「で、なんぼ?」

こんなやりとりを店員さんとやりながら
どんどんたたみかける。

「かなわんなー、お客さん。無茶いうなー」

「で?(いくらにしてくれるの意)」

 
「しょうがないなー」


多少でも安くなればラッキーと
こんなやりとりを楽しむ。
関西の商店街ではよく見かけられる光景だ。 

東京へ引っ越しして数日後のこと(10年前)。
新宿のとある大型家電店でいつもの調子で
店員さんに「で、なんぼ?」とたずねると

「関西のお客さんはこれだからイヤなんですよ」

「?!」

「当店はギリギリまで値引きしてんですから。
勘弁してくださいよー」と真顔で怒られた。 

 
 
今日もごきげんな一日を。 
 

 

 

9月10日日曜日


 
【右肩上がり】みぎかたあがり
〔折れ線グラフで表わすと、右に行くほど上がることから〕
上昇傾向が長期にわたって持続すること。「ーの景気」
*新明解国語辞典より

生きてるかぎり、みんな右肩上がりです。
10年20年の長期で点をつなぐとグラフは
一直線に右肩上がりになります。

仮に20年を月ごとの点にしてつないでみる。
するとグラフは一直線とはなりません。
大きな波や小さな波を描きながら
グラフは右肩上がりとなります。

「みんな」と断言できるのも
僕らが自然界の一部であり
その自然界は常に生長進化しているからです。

今がどんな状態であろうとも
あきらめさえしなければ
必ずや右肩上がりなんです。
これ、間違いないんです。

 
 
今日もごきげんな一日を。